2. ブランドマーケティング

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第2章  購入意志決定過程におけるブランド

本章においては、ブランドが消費者の商品選択に与える影響を、ブランドの存在基盤との関係から考察する。

「売れている=ブランド力がある」「ブランド力がある=(高価格で)売れる」という形はブランドの一つの姿に過ぎない。考察すべきは、ブランドはどのような構造で消費者の意志決定に影響を与えるのかであり、この考察によってブランドと販売との関係を明らかにできるはずである。

1. ブランドと購入・販売の関係

1.1. 商品の選択におけるブランドの位置づけ

1.1.1. ブランドと商品の関係

消費者は、ブランドを含めてさまざまな情報から商品の質を推測し、また、デザインやブランドの魅力にも価値を認める。ブランド力があるから商品が売れるという関係は、ブランドと購入・販売の関係の一場面を記述しているに過ぎず、両者を一定の関係で捉えることは問題がある。

ブランドと購入・販売は一意の関係にないが、一つ明らかな点は、商品はブランドを超越するということである。革新的な商品に対しては、ブランドは無力となる。これは、消費者の主たる取得対象は商品であってブランドではないからであり、それゆえにブランド力があっても販売が不振となることがあるのである。

1.1.2. 特殊なブランドとその主たる取得対象

エルメスやグッチといったブランドのように、ブランドが主たる取得対象となるようなブランドは、プレミアムブランドとして一般的なブランドとは区別して理解されるべきである。

プレミアムブランドとは、官能ブランドのみから構成されるブランドであると考えられる。一般的なブランドと異なり、プレミアムブランドはブランド自体が第一義的な購入対象であり、ブランドに対し値づけがなされ、商品はブランドを具現化し消費者に提供するための手段となる。プレミアムブランドと一般的なブランドの違いは“商品としてのブランド”と“商品のためのブランド”という違いである。

 

1.2. 商品の選択におけるブランドの重要性

ブランドが商品の選択に影響を与える程度は、存在基盤の多寡によって異なる。“評価能力のある消費者と無い消費者”や“評価が容易な商品と難易な商品”では、機能ブランドが機能する程度は異なることになり、また、“趣味性に興味を示す消費者と示さない消費者”や“趣味性が重視される商品とされない商品”では官能ブランドが機能する程度は異なることになる。

1.2.1. 機能ブランドの有効性

機能ブランドの存在基盤は、消費者が絶対的な尺度による商品の評価ができないことから生じる選択にかかる不安であるため、評価にかかる不安が大きい商品ほどその選択におけるブランドの影響は大きい。

一般に、高度な技術を要する商品などのように、その評価に専門的知識や能力が要求される商品ほど評価不安は大きくなる。この評価不安は、高価格帯の商品や使用期間が長期にわたるなど、選択の影響が強い商品ほど増幅される一方、医薬品のように法律による規制がある場合や頻繁に購入する場合などは減殺されることになる。

1.2.2. 官能ブランドの有効性

官能ブランドは、趣味性が強い商品ほど有効に機能することになる。趣味性のない商品の場合や、取引主体が趣味性に価値を見出さない場合は、官能ブランドは有効に機能しない。

官能ブランドは、趣味性の程度に応じて機能することになるが、商品の品質不安によって限定される[3]。つまり、いくら官能ブランドの評価が高くとも商品に不安があれば、官能ブランドの価値をもって選択されない場合があるということである。

1.3. 商品の特性とブランドの関係

1.3.1. 消費者の意志決定構造

消費者は商品の選択に当たり、他の商品にはない特徴的な機能、商品の信頼性(機能ブランドの価値)、デザインや官能ブランドがもたらす心理的要素の価値、をそれぞれ評価する。どの評価要素が重視されるかは商品の基本特性などによって異なることになり、商品の差異機能が選択の決め手になる場合も、官能ブランドの魅力が選択の決め手になる場合もある。

なお、価格は他の要因の重要性との負の相関関係にある。機能差やブランド力が求められる商品であれば低価格だからというだけでは選択されない一方、趣味性が無く選択不安の少ない商品群の場合はより低価格な製品が選択されやすくなる。

1.3.2. 商品の基本特性とブランドの関係

ブランドと購入・販売の関係は一意ではないものの、商品の基本的な特性によってある程度論ずることができる。ここでの商品の基本特性とは、どれだけ選択不安があり、どれだけ趣味性や差異機能が重視される商品か、という分類である。選択不安の程度が大きければ機能ブランドが購入の決め手になり、趣味性の強い商品は官能ブランドが購入意志決定に強い影響を与え、また、商品の機能差が重要となる商品分野もある。しかし、ブランドと購入・販売の関係は固定的ではなく、商品が市場に投入されてから革新的な商品が登場するまでの期間に応じて変化することになる。

1.3.3. 市場滞在期間とブランドの関係

ブランドと購入・販売の関係が変化するのは、商品の評価不安の程度が固定的でないことに起因する。商品が市場に投入されてからの年数を経るにつれて消費者の商品に対する警戒心が解けていき、それに伴い選択にかかる消費者の不安が減少していく。機能ブランドの作用は評価不安の多寡に応じ、また、官能ブランドの作用も品質不安によって限定を受ける。そのため、ブランドと購入・販売の関係は商品が市場に投入されてからの経過年数によって変化するのである。

1.3.4. ブランドと購入・販売の関係

ブランドと購入・販売の関係を考察するに当たっては、商品の差異機能と商品全体の信頼、官能ブランドの価値、のどの要素が重視されるのかを、商品の基本特性や商品が市場に投入されてからの経過年数、対象とする購入層などの関係から明らかにする必要がある。

 

1.4. ブランドと購入・販売の態様

a. 選択不安が高い商品

高度な技術を要する商品はその評価が困難であるため、機能ブランドが選択に強く影響を与えることになる。それゆえに高価格で販売することができ、また、官能ブランドが機能する余地は小さい。しかし、このような商品も市場に投入されてからの年数の経過により消費者の評価不安は減少していき、それに伴い、趣味性のある商品の場合は官能ブランドが選択に影響を与えるようになり、趣味性のない商品においては販売価格が低下していくことになる。さらに年数を経ると革新的な商品が市場に登場し、機能ブランドも官能ブランドも有効に機能しなくなる。

b. 選択不安が低く趣味性の強い商品

趣味性の強い商品は、ブランドに応じてその販売が決まりやすくなる。官能ブランドに対する選好には特別な指標が存在しないことからその安定性は高く、またそれゆえに価格の安定性も高い。

2. ブランドの測定とその利用

2.1. 従前の測定手法の問題点

ブランド力を測定する手法には販売データに基づく方法などがあるが、一般的なブランド調査は次のような問題を有し、本論の考えるブランド力を適切に測定することはできない。

2.1.1. 販売データに基づいた測定手法とブランド力

販売実績を加味したブランド調査は、商品の評価や価格の影響を受け、ブランド力そのものを純粋に測定することができない。たとえば、歯磨き粉の販売ランキング上位の商品はよく知られた商品であるが高くはない商品であり、ランキング下位の商品は高機能であるが高価格な商品であるはずである。前者の商品は少なくとも品質に不安はないと考えられているブランドであるが、後者の商品こそがブランド力のある商品であるといえる。

ブランドの価値を、会計的側面を重視して測定しようとする場合や、ブランドが企業に現在どれだけ貢献しているのかということを測定しようとする場合を除いて、販売実績に基づいたブランド測定は問題がある。

販売数・市場占有率:売上を基礎としてブランド力を測定しようとする手法は、「売れる=ブランド力」という思考であり、問題である。確かに販売個数が多いということは消費者にそれだけ支持されているということであるが、そのことがブランド力があることを直接示すものではない。価格が安いことから選ばれたかもしれないし、商品が優れていたかもしれない。

利益率:利益率はコストとの関係で決定されるものであり、ブランドとは別の問題である。むしろ、不適切なコスト削減の結果としての高利益率は将来のブランド力の低下につながりかねない。また、コストをかけた商品を高価格(適切な価格で)で販売できるということもブランドの効用であり、ブランド力を有した企業が必ずしも高利益率であるとはいえない。

販売価格:販売価格からブランドの評価部分を抽出することは極めて困難である。

2.1.2. 一般的な消費者調査とブランドの理解

自由連想法の問題は、連想された「ユニークである」や「伝統がある」といったイメージが商品選択にどのような意味を有するのかが不明な点にある。「伝統がある」という結果だけでは、官能ブランドに関しては、古臭いという悪いイメージなのか、老舗としての好ましいイメージなのかが不明であるし、機能ブランドに関しては、時代遅れの商品という悪い評価なのか、または老舗ゆえの高品質であるという良い評価なのかが判別できない。自由連想法は、自社のイメージを詳細に捉えるという点では優れた方法であるが、自由連想法のみではブランドの管理に何らの課題を提供しない可能性がある。

SD法についても同様の問題が指摘されている。SD法ならびにその問題点については、鳥居[1965](136-139頁)を参照のこと。

 

2.2. ブランドの測定とその利用

2.2.1. 測定手法

本論においては、次のようにブランド力の測定を行う。消費者の心情のみを測定対象とすることによって、商品力の直接的な影響を測定結果から排除することができる。

 図表 2-4  ブランド力の測定

機能ブランドと官能ブランドはそれぞれ商品との関わり方が異なるためそれぞれ独立して測定されるべきである。また、商品の購入にそれぞれのブランドがどれだけ重要かを問う調査も有用である。

 

2.2.2. ブランド力と販売実績

(1) ブランド力と販売実績の差異
a. 企業のブランド力と販売

ブランド力があるにもかかわらず販売が不振であることは商品に魅力がないことが原因であると考えられ、ブランド力がないにもかかわらず販売が好調であることは商品に魅力があることを意味する。

b. 特定商品分野のブランド力と販売の関係

ブランド力と販売実績の、順位の一致の程度から、当該商品分野におけるブランドの有効性の程度を判断することができる。

ブランド力の順位と商品の順位が一致していない場合は、差異機能や価格によって商品が選択されていることを意味し、当該商品群の選択にはブランドが有効に機能していないことを意味する。一方、ブランドの順位と商品の順位が一致する場合は、ブランドが商品選択に有効に機能した結果か、ブランド力と商品力が一致していることを意味する。

図表 2-5  ブランドの有効性と商品の選択基準

(2) 差異の原因

ブランド力と販売実績の比較から次のような分析結果を想定することができる。

・当社はブランド力はあるものの、商品に魅力が無いことから販売が伸び悩んでいる。
・当社が取り扱う商品群は官能ブランドが重要な選択要因になっているが、当社は官能ブランドの要素が少ないことから販売が伸び悩んでいる。
・当社の取り扱う商品は機能ブランド力の影響を受けるものの、価格による影響も大きい。
・当社の取り扱う商品は、市場での経過年数が長いことから、機能ブランドより官能ブランドが重要な選択要素となっている。
・革新的な商品が登場したことによって、これまでのブランド力が有効に機能していない。

2.2.3. 潜在的なブランド価値と顕在的なブランド価値;

ハリスインタラクティブ社(Harris Interactive Inc.)は、「あなたにとって“ベスト・ブランド”は何ですか」と問うブランド調査を行っている。この調査は機能ブランドと官能ブランドを区別しておらず、また、商品分野ごとの調査も行われていないものの、本論の測定方法に近い。一方、インターブランド社(Interbrand Inc.)の実施しているブランド価値の測定方法はブランド起因利益を基礎としており、販売実績が加味されている[4]。ハリスインタラクティブ社が2003年7月に行ったブランド調査ではソニーは4年連続でトップを獲得したにもかかわらず[5]、同年のインターブランド社のブランドランキングでは20位であった[6]

インターブランド社の調査結果は、現在どれだけブランドが企業に貢献しているのかを示す指標となるのに対し、ハリスインタラクティブ社の調査結果は潜在的なブランド力ないし純粋なブランド力を測定した結果となる。

 

2.3. 仮想データを用いたブランド分析

2.3.1. ブランドの内容とその特性
(1) 企業のブランド力調査

 

 図表 2-6  仮想資料 1

分析結果
A社:ブランドに魅力はあるものの、商品の信頼性は劣る。
B社:ブランドに対する信頼性は高いものの、所有欲に関するブランドは低い。
C社:ある程度の信頼性はあるが、所有欲に関するブランドは無い。
各社の企業イメージが判明してもどの企業が市場で優勢となるかは取り扱う商品の特性によって異なる。たとえば、信頼性に対する不安が少なく趣味性のある商品の場合はA社ブランドが有利に機能するが、品質不安の強い商品であればB社であり、C社も分野によっては十分にブランド力が機能することになる。また、最新の機能が求められる商品など、商品力が重視される分野においてはブランド力の影響はあまり受けない。

 

(2) 商品分野別の調査

その作用が商品分野によって限定されることになる機能ブランドについては、商品分野ごとの調査が必要となる。

 図表 2-7  仮想資料 2

分析結果
消費者からは、C社は分野1の商品に関して優れた技術を有しており、分野2の商品は他者に比べて劣っていると考えられている。分野3は、官能ブランド力の弱いC社が含まれていないことから、趣味性が要求される商品分野であると考えることができる。

 

2.3.2. 仮想データによる測定・分析事例

 

図表 2-8  仮想資料 3

(商品1の分野)
現状:官能ブランド力の順位と販売順位が一致しており、官能ブランド力が有効に機能したことが分かる。この販売データは、趣味性が特に強く要求される商品や、成熟過程にあることによって信頼性にかかる不安が減少している分野のものとなる。

将来:官能ブランドが主たる選択要素となるような分野については、将来的にも安定的である。一方、成熟過程にある家電などの場合は官能ブランドの要素が強いA社やB社が健闘することになるが低価格化もある程度進行し、いずれ革新的な商品が登場することになる。

(商品2の分野)
現状:機能ブランド力の順位と販売順位が一致しており、機能ブランド力が選択の決め手となっている。この販売データは、品質不安が大きい商品群であることを意味する。

将来:趣味性のある商品分野である場合は、品質不安の減少によって官能ブランド力の強いA社やB社が健闘し、趣味性の弱いC社ブランドは苦戦する。一方、趣味性がない商品の場合は低価格化が進行し、ブランド力のない企業も多く算入することになる。

(商品3のブランド)
現状:この分野はどのブランド力の順位とも一致しておらず、商品力が販売を決したことを意味する。これは、機能差が特に重視される商品群や、革新的な商品(ないし、機能)の登場時に観られる結果である。

将来:機能差が特に重視される商品群においては、ブランドに左右されにくいという特徴は変わらないものの、心理的な機能の平準化が図られることによって将来的にはブランドが影響を与え得ることになる。また、革新的商品分野では徐々にブランドが形成されていくことになる。

 

3. ブランド経営→

←1. ブランドとは?


[3] 小嶋 [1972]はこの点につき、「必要条件-魅力条件」理論(HM理論)によって次のように説明する。

消費者は、安心感を与える要因たる「必要条件」が満たされたならば、消費者をよりひきつける「魅力条件」が商品に求められる。魅力条件とは、地位、優越感、名誉など心理的、社会的満足などである。そして、「メーカーイメージやブランドイメージが魅力条件として働いている」(小嶋[1972]、15頁)。

[4] “Special Report:BRANDS IN AN AGE OF ANTI-AMERICANISM,” Business Week Asia Edition, August 4, 2003, pp. 47-49.を参考。

[5]  “Sony Tops the List in Annual “Best Brands” Survey for Fourth Consecutive Year”(http://www.harrisinteractive.com/harris_poll/index.asp?PID=388, 03.10.05)

本調査は消費者に、 “We would like you to think about brands or names of products and services you know. Considering everything, which three brands do you consider the best?” と質問し、その結果を集計したものである。

[6] “Special Report: THE 100 TOP BRANS,” Business Week Asia Edition, August 4, 2003, pp. 50-54.