3. ブランド経営

スポンサーリンク

第3章 ブランドと経営の関わり

本章においては、ブランドはどのような存在として企業経営に在るべきか、という視点からブランドと経営の関わりについて考察する。

1. ブランドに対する感情

人は他人を、「髪の毛は少し茶色っぽく、四角ばった顔で、眉が太く、目は少し引っ込んでいるが大きく、唇は薄く、・・・」などの客観的な特徴ではなく、「鋭く、獰猛な顔」など見る人の感情的あるいは主観的な判断でもって他人を捉える(鳥居[1965]、87頁)。この、主観的な判断とは、ピリシンの<イメージ=命題>説の言葉を借りると、「人間がイメージを持っていると感じているとき、彼の持っている情報は、認識主体としての人間の能動的な処理を経て構造化されたもの、つまり彼によって理解され解釈されたものである(水島・上杉[1983]、165頁)」ということになる。

人に対するイメージは「優しさ」「勇気がある」など多様なイメージが存在するが、ブランドの場合はその存在基盤との関係から、商品の質を担保する「信頼できそう」といったイメージと、憧れの対象なる「格好良い」といったイメージに集約される。

2. 信頼と憧れの形成

ブランドが形成されるということは、消費者の心の中にブランドに対する信頼や憧れの感情が形成されることを意味する。ブランドが形成される過程と人が他人を信頼したり憧れたりする過程は異ならない。どうすれば信頼されるのかについての一つの解答というのはないが、知っている人と知らない人ではその信頼の程度は変わるはずであるし、身なりの整っている人と整っていない人でも信頼の程度は変わるはずである。しかし、身なりを整え認知を高めることが信頼の本質ではない。信頼を得るだけの言動が重要なのであって、たくさんの広告を展開することがブランド経営ではない。官能ブランドにおいても同様であり、高価な服で着飾ることが魅力の条件ではなく、広告宣伝戦略がブランド戦略とはならない。

3. 企業組織の組成構造とブランド理念の必要性

人は意識無意識にかかわらず、その人の考え方に表情や発言などの全ての活動が支配されている一方、企業組織の場合は人がその構成要素であるため、組織としての思想がなくても活動できる存在である。人は、その人の思考が反映された表情や言動からその人のイメージを形成するのであり、信頼や憧れの感情はその人の思想・哲学に対する信頼や憧れである。企業組織がブランドを形成するためにはブランドの哲学となるものが不可欠であり、それがブランド理念である。

片平[1998]では、国内3乗用車ブランドに関してそれぞれのブランドを「人にたとえるとどんな人か」という調査が行われている。その調査結果は、「その方々の実の姿を非常に適切に言い当てている」というように、企業のイメージは企業文化などが企業活動や商品にしみ出して伝わったものである[7]。企業文化とブランド理念は、それらが企業活動に反映されることによってイメージの基礎となる点で同じ存在であるが、企業文化とは人の場合における単なる性格に過ぎず、全ての組織が備えるものであって、哲学となるブランド理念とは異なるものである。

【ナイキの場合】
片平[1998]においては、顧客の頭の中に圧倒的存在感と独自の世界を築いているというブランドとしてナイキを挙げている。“Just Do It”という有名なコピーを生み出した広告代理店のナイキ担当を長く務めるジム・ウォード氏は、「ナイキほど簡単なクライアントはいない。それは「ナイキとは何か」がわかりやすく、一貫しているからだ」という(12頁)。そして、強いブランドになればなるほど、「その世界」と「それ以外」との境界は明確に定義されているという。「この商品は・・・らしいですか」「この人は・・・らしいですか」という問いに対して、いつもイエスかノーがはっきりいえるのが強いブランドである、と指摘している(31頁)。

4. ブランド理念が生む経営

他社のブランドの商品に自社のブランドを付加したならば自社のブランドは変容し、やがてブランドを失うことになるはずである。ブランドと商品は無関係に存在するのではなく、そのブランドらしさを備えた商品をいかに創造するかがブランド経営にとって重要となる。人における表情や言動は企業活動や商品となる。思想がその人の表情や言動を司るように、ブランド理念がその組織を支配して企業活動を牽引し、そのブランドらしさを備えた商品が創り出されることこそがブランド経営において必要な要件となる。

片平[1998]においては、「わが国では、ブランディングとかブランド・マネジメントというと、ほとんどの場合、商品にどんな名前を付けてどんな広告をするかという程度の認識しかない。それは当然のことながら、企業戦略とか事業戦略といったものと比べるとはるか下のほうの『軽い』ものとして位置づけられている(26頁)」と指摘されている。

本論においては、ブランド理念から企業活動が創造されることがブランド経営であり、ブランド理念からそのブランドらしさを備えた商品が生み出されることによって、消費者の心の中にブランドに対する信頼や憧れといった感情が形成される過程がブランド経営であると解する。

5. ブランドの役割とブランド経営

近年、日本産の農産物は品質が良くて安全であるとして輸入品より高価格であっても消費者に受け入れられるようになった。これは日本の農産物がブランドを獲得したことを意味する。ブランドを介してその良さが消費者に伝わったのである。ブランドは良い物を生み出すものであるとともにその良さを伝えるものであって、単にデザインや価格を変更することがブランド経営であってはならない。

たとえ高品質な商品を作ったとしても、必ずしもその良さが消費者に伝わるわけではない。努力が成果として認められないということは悲劇であり、人員が疲弊するだけの経営になりかねない。「努力が成果として認められる」ということがブランド経営の一つの姿である。

【「関アジ・関サバ」の場合】
関アジ・関サバと単なるアジ・サバは同じ豊予海峡において西側に揚がるか東側に揚がるかという違いである。しかし、関アジ・関サバには、魚に傷を付けないように一本釣りでかつ箱に詰めて目方を量らず、また販売も特約店に限られているという、ブランドに見合った実態を伴っているのである(広瀬ほか[2003]より)。

関アジ・関サバというブランド名はその良さを消費者に伝達するものであり、単に特別な名前を与えればよいというわけではない。特別な名前が付けられていることによって消費者の意志決定に影響を与えることもあるが、単に名前を付与することがブランド経営であってはならない。

4. おわりに→

←2. ブランドマーケティング


[7]「解答者のほとんどの人が各企業の人とは実際にあったことがないにもかかわらず、集計するとこのような結果になるということは、ブランドを支える人たちの中身が長い時間を経て何らかの形で外にしみ出して伝わっていることになる(313頁)」