第1章 ブランド概念とその存在基盤
本章においては、「ブランドはなぜブランドとして存在し得るのか」という視点でブランドを考察し、存在基盤と結びつけたブランド概念として機能ブランドと官能ブランドという二つのブランド概念を提示する。
1. イメージの形成とブランドの存在基盤
1.1. 意志決定におけるイメージの影響
商品の色やデザイン、企業イメージが商品評価に与える影響を調べるために、三種類のデザインと三つの色を組み合わせた九種類の石鹸箱にそれぞれ同じ石鹸を入れたものを、被験者に七段階で品質の良さを評価してもらうという偽装実験が行われた。その結果は、九つの石鹸は全て同じであるにもかかわらず商品の色やデザイン、企業イメージの差によって評価に大きな差が生じた。各要因の相対的比重を分散分析法によって求めると、石鹸の品質評価に最も影響を与える要因が企業イメージ(24%)であり、次いで包装箱の色(23%)、箱のデザイン(10%)及びデザインと企業イメージの相乗効果(17%)の順で品質評価に影響を与えた(飽戸[1970]、55-58頁)。
包装箱の色やデザインから受けるイメージは消費者の商品評価に影響を与える。このような消費者の特性を背景にブランドイメージは存在し、ブランドはブランドとして消費者の商品評価に影響を与えることになる。
1.2. 消費者の特性とブランドの存在基盤
企業名や商品名などから連想されたイメージによって、商品の選択にかかる意志決定が影響を受けるという消費者の特性はブランドの存在基盤となる。
ブランドの存在基盤となる消費者の特性として、消費者は商品の質を評価するための専門的知識や能力を有していない、デザインの良さなどの心理的な要素にも価値を認める存在である、という二点を指摘できる。専門的知識や能力を欠いていることから、消費者の商品評価は推測に基づくことになり、消費者はさまざまな要素から商品を評価しようとする過程で企業名や商品名などからブランドイメージが形成され、消費者の購入意志決定に影響を与えることになるのである。また、デザインの良さなどの心理的な要素にも価値を認める、という消費者の特性から、ブランドイメージにも価値が認められることになる。
専門的知識や能力を欠いていることから、「どれを選べばよいのか」「この商品はよい商品か」という評価にかかる不安が生じる。そこにおいて、「良い商品である」というイメージを連想させる企業や商品の銘柄はブランドとなる。また、社会的な存在として人はさまざまな形で心理的な価値を希求するが、この希求を充足しうるイメージを獲得した企業や商品の銘柄はブランドとなる。
専門家であれば技術力や商品の納期など、その目的や必要に応じた明確な企業や商品に対する捉え方がある。ブランドがブランドとして消費者の意志決定に影響を与え得るのは消費者の特性を背景とするものであり、企業間取引においてはブランドは存在しない。企業は購入対象となる原材料などの評価にかかる専門家であり、また、企業組織はイメージに対し価値を見出す存在ではないからである。
1.3. 二つの存在基盤と二つのブランド概念
ブランドの成立過程には異なる二つの形があり、それぞれの成立過程を存在基盤とする二つのブランド概念が成立する。本論においては、専門的知識や能力を欠いていることから生じる評価不安をその存在基盤とするブランドを機能ブランドとし、優越感などの心理的な価値の希求を存在基盤としたブランドを官能ブランドとする。
一般的なブランド概念は本論における機能ブランドと官能ブランドをその構成要素とするものである。日本の自動車会社のブランドは官能ブランドよりも機能ブランドの要素が強く、高級な外国車ブランドは官能ブランドが高く機能ブランドも低くない、そして一般的な外国車ブランドは官能ブランドの要素は高いものの機能ブランドに関しては低いといえる。
1.4. 存在基盤と結びつけたブランド概念
1.4.1 機能ブランド
機能ブランドは、消費者が商品の評価にかかる専門的知識や能力を欠いていることから生じる、商品の評価不安を背景に存在する。
ある商品評価テストによると、被験者の七三%はブラインドテストでは味の劣ったと評価された商品を、ブランドネームが付いたことで最も味のよいピーナッツバターとして選んだという[1]。「非常に客観的であるべき味覚テストに影響を与えた(Aaker[1996]、13頁)」のは、消費者が商品の価値を絶対的な尺度で評価ができないからであり、それゆえ、消費者の意志決定はイメージの影響を受け、ブランドがブランドとして存在し得るのである。
1.4.2. 官能ブランド
官能ブランドの存在基盤は、消費者が優越感などといった心理的な価値を希求するからであるが、これは、人間特有の社会的行為・意識であるといえる。
ミード(Mead, G.H.)によると、自己評価をなすためには社会的な環境において自分を客体化することが不可欠であるという(西川ほか[1998]、25頁)。この客体化とは、相手がこちらを眺める見方でもって自分を眺めることであるが、自分自身の能力、特性を意識したり、評価したりするとき、その意識そのものが、他者性を取り込むことによって形成されたものである。よって、われわれは他者から提供された認知的枠組みを用いて、自己評価する。
多湖・吉田[1968]によると、「少なくともある程度まで文明の発達した人間社会においては、各成員は、その社会機構の中である位置を与えられ、自分と同種、同範疇とされる仲間の承認をうることによって、心理的安定感をうる(53頁)」。そして、「特定の学校、会社に属する人々は、それぞれ特定の記章、バッジを付けることによって、自分はその集団の一員であることの証明ともすれば、集団外の人に対して、積極的な承認を求めてもいる(53頁)」、また、「承認の中でも、多くの人に認められ、うらやましがられたいという側面は、しばしば自尊心、優越感、自我の実現などと表現されている」。そのために「『社会的地位』『名誉』を求め、スケールの小さいところでは、『個性』を示し、流行の先端を歩こうとして、衣類、化粧品、アクセサリーに大金をはたく(55-56頁)」という。
2. ブランド概念とその存在基盤
2.1. 二つのブランド概念の違い
2.1.1. ブランドの特性とその価値
機能ブランドは、専門的知識や能力を欠いていることから生じる評価不安を背景として存在し、官能ブランドは、心理的価値の希求を背景として存在する。機能ブランドと官能ブランドはブランドとして成立する過程が異なるものであり、異なる特性を有した異なる存在となる。この違いは、同じ品質・機能であることを消費者が知っている商品に対し、ブランドが付加されることに追加的な支払いを許容しうるか否かが異なる点でより明確になる(デザインの違いによる影響は考えない)。
商品の品質や機能が同じならばブランドに対して高い支払いを許容しないということは、ブランドが品質を推測するために用いられていることを意味する。この場合におけるブランドは、消費者が商品評価にかかる専門的な知識や能力を欠いていることをその存在基盤とする機能ブランドに該当する。このようなブランドは、品質が明らかな商品の選択においてはその存在価値を失うことになる。一方、商品の品質や機能が同じであっても、ブランドが付いている方に高い支払いを許容する場合は、追加的な支払いはブランドに対するものであって、ブランドそのものに価値が認められたことを意味する。これは、官能ブランドの場合に該当する。
【判断の流れとブランドの特性】
(問い)同じ価格であるとして、ブランド商品とそうでない商品、あなたはどちらを選びますか。
(答え)ブランド商品を選ぶ。(理由:「ブランド商品の方が、品質が良さそう」「ブランド商品の方が格好良いから」など)
(追加条件)二つの商品は同じ機能・品質ですが、ブランド商品の方が高価格です。あなたはどちらを選びますか。
(答え)回答はブランドの特性によって異なる。
・ブランド自体に魅力を感じている。
→高くてもブランド商品が良い。:官能ブランドの場合。
・ブランド商品の方が高品質であると思っていた。
→同じ品質であるならば安い方で良い。:機能ブランドの場合。
2.1.2. 価値の内容
機能ブランドが商品の機能がもたらす価値に従属した存在であるのに対し、官能ブランドは商品の機能的な価値とは独立した価値を有した存在となる。すなわち、機能ブランドは商品の価値を明らかにするものである一方、官能ブランドはブランドそのものに価値が認められるものである。ブランド名が付いてる場合と付いていない場合の評価の差をブランドの価値とする一般的なブラインドテストは、その価値の内容を明らかにできない点で不足である。機能ブランドは品質を明らかにするという点で保険的な価値を有するが、商品価値に対する追加的な価値は提供していない。機能ブランドと官能ブランドの根本的な相違はブランドに独自の価値が存在するか否かである。
2.1.3. 存在基盤の違いとその特徴
機能ブランドと官能ブランドはブランドとして成立する基盤が異なる。異なる基盤を背景に形成されたイメージは異なる特性を有する。
a. 形成されるイメージ
機能ブランドは商品の質を明らかにするための要具であるため、消費者が機能ブランドに対し形成するイメージは「信頼できる」などといったものとなり、それらは「良い‐悪い」という商品の質に関するイメージに集約される。一方、官能ブランドの場合はブランド自体が選好の対象であり、それらは「好き‐嫌い」という評価となり、「格好良い」や「高級である」などといったブランドイメージとなる。
このような違いから、各ブランドに関連づけられるキーワードは異なる。
【ブランドの存在基盤と名称の関係】
ポッカ・コーポレーションの「じっくりコトコト煮込んだスープ」、永谷園の「減塩みそ汁」、小林製薬の「熱さまシート」「目もとひんやりシート」といった商品にその性質をそのまま記述したような名称が観察される。また、耐久消費財においても、洗濯機の「静御前」「からまん棒」(日立製作所)、「遠心力洗濯機」(松下電器)、冷蔵庫では、「野菜中心蔵」(日立製作所)、「かわりばん庫」(東芝)などがあげられている(石井 [1999])。
なぜ、上記の商品群には商品の性質をそのまま記述したような名前が与えられたのか。機能ブランドは商品の価値を保証し商品の選択を促すものであるため機能表意的な名称が許容される一方、官能ブランドの場合は機能表意的になることは考えにくく、抽象的なものになると考えられる。本論の考え方に基づくと、採り上げられている商品には趣味性があまり要求されない商品群であることから、このような機能表意的な名称が許容されるものであると考える。趣味性が要求される高級オーディオでは機能表意的な名称は受け入れられないものと考えられる。
b. ブランド選好の指標
機能ブランドの評価は商品の良し悪しであり、商品の質という単一の評価指標が存在する一方、官能ブランドの評価は好悪の感情となるため、その評価の指標は各々異なることになる。評価の指標が単一でないことは、官能ブランドには個性が必要であると表現することができる。
c. ブランドの特性と作用分野
機能ブランドは商品の価値を明らかにするものとして機能するため、ブランドが作用する分野は商品の分野によって限定される。一方、官能ブランドは商品の価値とは独立しているため商品の分野によって限定されることはない。
このような違いから、ブランドの拡張においても、機能ブランドと官能ブランドとではその態様が異なることになる。
d. 価格設定・価格安定性
機能ブランドは商品の価値を推測するものであるため、商品の機能的な価値を大きく超える値付けはできない。一方、官能ブランドはブランドとして独自の価値を有しているため、商品機能の価値にブランドの価値を加えた値付けとなる。また、このような特徴から、官能ブランドは機能ブランドに比してその価格安定性は高いといえる。
2.2. ブランド概念と名称の関係
ブランドは名称から形成された特別な感情をその基礎とする。ブランドと単なる名称は区別されなければならないし、名称に関連づけて処理されることで商品にかかる情報がブランドにかかる情報に変換されてはならない。
2.2.1. 焼き印とブランドの差異
ブランドは名称などから形成された特別なイメージが存在するのであって、単なる名称と同一視してはならない。ここで、ブランドの起源とされる焼き印は自分の牛と他人の牛とを単に区別するものである。他の物と区別し識別する機能は名前そのものが本来的に有しているものであってブランドの特徴ではない。焼き印はブランドの起源であってもブランドでない。
2.2.2. ブランドと名称の差異
高品質の証などとして機能して初めて名称はブランドとなるのであり、“プライベートブランド”という用語は単に独自開発商品と理解されるべきである。ブランド理論においては、いわゆる“プライベートブランド”を高品質の証や憧れの対象としてではなく、価格訴求のための対抗商品であると位置づけているからである。大手メーカーと異なって添加物を加えないといった方針が支持され、積極的に当該銘柄の商品を選択されるようになって初めてブランドとするべきである。単なる名称と区別されないブランド概念はブランドの理解に混乱をきたすことになる。
2.2.3. 商品とブランドの弁別
名称は情報を処理する際の主要な基準であるため、名称とブランドの弁別が測られていなければ、ブランドに関する情報も商品に関する情報もブランドに関するものとして一括に処理される恐れがある。ブランド力と商品は密接に関係するものの、ブランド力の調査などにおいては両者は特に区別されなければならない。
2.3. ブランドの効用とブランドの作用
高シェアの獲得や高価格での販売といったブランドの効用と、ブランドの作用は区別されなければならない。
ある薄毛治療薬の成分であるミノキシジルは、その血管を拡張するという作用から発毛を促進する効用が得られる。しかし、治療の成果は患者(条件)によって異なるものであり、ミノキシジルの作用とその効用を直結させて理解してはならない。ミノキシジルの作用はあくまでも血管拡張であって発毛ではない。この点はブランドでも同様である。ブランドが消費者の意志決定に何らかの影響を与えた結果として高シェアや高収益というものが得られたのであり、高シェアや高収益をもってブランドを理解してはならない。
2.4. 存在基盤の考察とブランド理論
機能ブランドと官能ブランドは存在基盤を異にした異なる特性を有したブランドであり、一般的なブランド理論のようにブランドを一つの枠組みで議論することは容易ではない。Barwise [1993]は、その展望論文の中で、ブランド・エクイティをLewis Carrollの詩に登場する「Snark」(人々が探し求める空想上の生き物)にたとえた上で、すべての事柄を包含した単一の価値尺度としてブランド・エクイティをとらえるアプローチに疑問を投げかけている[2]。
一般的なブランド概念を、その機能ないし存在基盤に基づいて純化したものが機能ブランドと官能ブランドである。ブランドの存在基盤を考察することは、ブランド概念が含む内容の多様性を排除することにつながりその理解を促進するとともに、存在基盤を軸とした首尾一貫とした理論化を可能とする。
[1]このテストは、被験者に三種類のピーナッツバターのサンプルを試食するように求めた研究である。それらのサンプルのうちの一つには、名前が知られていないが優れた製品(10回のうち7回もブラインドテストで選ばれた)が含まれていた。他には、味は劣っているが、(味覚テストでは選ばれなかった)、被験者がよく知っていて、以前に購入したことも使ったこともないブランドネームの付いた製品が含まれていた。
(Wayne D. Hoyer and Steven P. Brown, “Effects of Brand Awareness on choice for a common, Repeat purchase Product,” Journal of Consumer Research, September, 1990, pp. 141-148)(出展:Aaker[1996]、13頁)
[2] Barwise, P. [1993], “Brand Equity: Snark or Boojum?,” International Journal of Research in Marketing, Vol.10 No.1, pp.93-104.(出展:青木幸弘[1996]、21頁)